食材は、
産地だけでは語れない。

どこで育ち、誰の手を経て届いたか。どんな状態で届いたか。
そこを見て、その日の料理を考える。

海

日本料理 佐々では、淡路・明石を中心に、その日に上がる天然の魚を使っています。その魚を支えてくれているのが、尼崎の市場で三代続く角倉商店です。今、その仕事を受け継いでいるのは、僕の高校時代からの友人です。

毎朝6時半に電話をして、その日に何が上がっているのか、状態はどうなのか、何を佐々へ送るのかを一緒に決めます。彼は市場に並ぶ魚だけを見るのではなく、組合を通さずに漁をしている漁師から上がる魚も買い取り、その中から本当に状態のいいものを選んで送ってくれます。

一番いい魚だけを選ぶためには、それ以外の魚にもきちんと行き先をつけなければいけません。大きさや状態に応じて、それぞれに合う売り先へつなぐ。その仕事があるからこそ、一番いいものを佐々へ回すことができます。

魚は伊丹から東京へ飛び、その日のうちに広尾へ届きます。届いた魚は、自分たちでもう一度見る。身の張り、脂、水分、皮、香り。その状態を確かめて、どういう料理にするのかを考えます。

魚の鱗を取る手元まな板に置かれた丸の魚

真鯛、鱧、真蛸、鮑、赤雲丹、蟹、虎河豚、貝類。海から届く食材は季節とともに変わり、同じ魚でも毎日同じではありません。

料理は、厨房に魚が届いてから始まるのではない。淡路・明石の海で魚が上がり、彼がその魚を見るところから、佐々の料理は始まっています。

山

山から届く食材には、春の山菜や筍、秋の松茸や天然茸、冬の鳥や獣があります。蕗の薹、たらの芽、こしあぶら、独活、筍、花山椒。秋には松茸や天然茸、銀杏、栗、むかごが出て、冬には天然鴨や熊もあります。蓴菜のように、水辺から届く食材も季節の流れの中で大切にしています。

同じ山の食材でも、採れる場所や時期によって、苦みや香り、水分、繊維、脂の状態は変わります。決まった料理にはめるのではなく、その日の状態を見て、どういう料理にするのかを考える。

珍しい食材を使うことが目的ではありません。その時期、その土地で本当にいいものがある時に使い、その食材が持っているものを壊さずに料理につなげます。

川と湖

川や湖から使う食材の中心は、鮎、鰻、すっぽん、そしてアジメドジョウです。

鮎は岐阜をはじめ、その川ごとの状態を見ながら使います。身の締まり、脂、香り、内臓まで見て、内臓を使う時もあれば使わない時もあります。その日の鮎を見て、どういう料理にするのかを決めます。

竹ざるに並べた魚

鰻も一つの産地に決めず、その時々で状態のいいものを見る。すっぽんも全国から探し、肉、脂、皮、出汁まで含めて、一つの食材として向き合います。

まな板に並ぶすっぽん

アジメドジョウは、日本にしかいない固有の川魚です。清らかな水の中で育ち、身の繊細さと独特の旨さがあります。和良川のものを使ってきましたが、出会えばぜひ使いたい、川の食材の中でも非常に価値の高い魚だと考えています。

川や湖の食材だからといって、仕事を決めつけることはしません。どこで取れ、誰が取ったのか。どんな状態で届いたのか。その魚の状態を見極めてから、何にするかを決めます。

畑

野菜は、農家から直接届くものもあれば、信頼する食材屋を通して届くものもあります。大切なのは、仕入れ方を飾ることではなく、その時期、その日に本当にいいものを選ぶことです。

茄子、蓮根、蕪、大根、豆、冬瓜、胡瓜、万願寺唐辛子、海老芋、百合根、芹。同じ野菜でも、水分、甘み、苦み、香り、皮の張り、繊維の強さは毎日違います。

だから、最初から料理を決めて食材を当てはめるのではなく、その日の野菜を見て、炊くのか、焼くのか、蒸すのか、揚げるのかを考える。野菜は魚の添えものではなく、一つの食材として料理します。

網の上で焼く野菜焼いた野菜を箸で仕上げる手元

田

米は、佐々にとって一番大切な食材と言っても過言ではありません。

同じ銘柄、同じ産地でも、水分や収穫してからの時間、気温や湿度によって炊き上がりは変わります。だから、毎回同じようには炊きません。

浸水させ、水を含ませ、火を入れ、蒸らす。その日の米を見ながら、どう炊くのかを決めます。大切なのは、米に何かを足して味を作ることではなく、その米が持っている甘み、香り、粘り、粒立ちをどう引き出すかです。

料理の最後に出るから大切なのではありません。米をどう炊くかは、日本料理の本質に関わる仕事だと思っています。

天然真昆布

天然真昆布は、佐々の生成り料理を考える上で欠かすことのできない食材です。

大阪では昔から、真昆布が出汁の中心にありました。北海道から運ばれた昆布が大坂に集まり、そこから昆布を使った料理文化が育ってきた。その流れの中に、今の佐々の料理もあります。

僕が使い続けているのは、道南の天然真昆布です。真昆布は、旨味を強くするために使うものではありません。魚や野菜を下から支え、椀の中で食材をつなぎながら、昆布そのものは前に出すぎない。その在り方が、生成り料理の考え方とよく重なります。

こんぶ土居は、長年、道南の浜へ通い、生産者と関係を築きながら天然真昆布を扱い続けています。僕自身も長く使う中で、土居さんとの信頼があります。

木箱に収めた天然真昆布
味淡くして、真の楽しみあり

淡いということは、味が弱いということではありません。余計なものを重ねず、食材本来の持ち味が見えるところまで整える。味を足すのではなく、食材本来の持ち味を引き出す。この生成り料理の考え方を支えているものの一つが、天然真昆布です。

だから、佐々にとって天然真昆布は、単なる出汁の材料ではありません。料理の土台であり、生成り料理の根にある食材です。

本枯節

一本釣りの鰹から作られた本枯節を使っています。本枯節は、出汁を引く直前に、山北さんの鰹節削り機で必要な分だけ削ります。削った瞬間の香りを、そのまま出汁に使いたいからです。

天然真昆布と水でつくる出汁に、本枯節が香りの立ち方と輪郭を与えます。佐々で本枯節に求めるのは、旨味を重ねることではありません。香りと、輪郭です。削り方や厚み、温度が少し変わるだけでも、香りの出方は変わります。その日の出汁、その日の料理に合わせて加減します。

削り節を鍋に入れる手元鍋に広がる削り節

昆布が土台をつくり、本枯節がそこに香りを重ねる。ただし、本枯節そのものが前に出る必要はありません。食材本来の持ち味を支えながら、出汁に必要な輪郭だけを残す。そのために、出汁を引く直前に削ります。

水

使っているのは、大阪・能勢の名水「桜川」。古くから酒造りの仕込水として使われてきた水です。

水は、出汁だけに使うものではありません。米を浸し、魚や野菜に触れ、煮る、蒸すという仕事にも使います。料理のほとんどに関わるからこそ、どんな水を使うかは味の土台に関わります。

大切なのは、水そのものを目立たせることではありません。天然真昆布の出方、本枯節の香り、米の炊き上がり、煮物の味。その一つひとつを邪魔せず、食材本来の持ち味を支えること。水は見えにくいけれど、料理のすべてに触れています。

火

火の入れ方一つで、食材の表情は大きく変わります。焼き物では備長炭を使い、炭の状態や火との距離を見ながら、その日の食材に合わせて火を入れます。

赤く熾きた炭

一方で、炊き物や出汁では火の考え方が変わります。しっかり沸かすのか、沸騰させずに静かに火を入れるのか。強く煮立てるのか、やさしく温度を保つのか。その違いで、出汁の出方も、食材の味の出方も変わります。

ガスの火にかけた蓋付きの鍋

魚、野菜、米、出汁。それぞれに合う火があります。決まった火入れに食材を合わせるのではなく、食材と料理を見て、火を決める。火は強ければいいわけでも、弱ければいいわけでもありません。その日の食材本来の持ち味を引き出すために、必要な火を選びます。